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千葉地方裁判所松戸支部 昭和47年(ワ)53号 判決

原告

越川弘文

被告

松戸市

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

被告は原告に対し、金三〇〇万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一  本件事故の発生

(一) 被告は昭和四五年頃移動図書館車として、ニツサンGC二四〇型中型四輪車「みどり号」(以下「みどり号」という)を所有し、内部に図書を納め、その職員に運転せしめて市内を移動し、図書閲覧希望者に自由に閲覧貸出しを行つていた。

(二) 昭和四五年三月一〇日午後一時三五分頃、原告は松戸市八ケ崎一〇六八番地先路上にて駐車し図書貸出を行つていた「みどり号」の、地上高さ約八九センチメートルにある後部閲覧台の角に右眼が接触し、角膜裂傷の傷害を受け、現在右眼について角膜片雲、無水晶体弱視の診断を受け視力〇・〇一の後遺障害を負つているものである。

二  被告の責任

(一) 第一次的主張

(自賠法三条に基く責任)

被告は前記「みどり号」の所有者であり、これを被告の教育委員会で管理し、移動図書館車として市の行政目的のために使用していたものである。従つて、被告は自動車損害賠償保障法にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」である。

「みどり号」は車両の両側中部で上下に開き、支え棒により上下共に水平に固定するように設計され、下段は利用者が自由に取り出した本を閲覧できる閲覧台になつている。本件事故は被告が図書館車として使用中に上下に開き設置した右閲覧台の角で幼児である原告が目を突き負傷したものである。

被告は「みどり号」をその被用者である運転者染谷富士夫、図書館車係員星野保、同安藤順一をして、昭和四五年三月一〇日午後一時三五分ころ、松戸市八ケ崎一〇六八番地先路上に駐車し、図書の貸出しを行つていたものであるから、「みどり号」を移動図書館として使用していたものであり、前記閲覧台は当該車両の通常有すべき不可欠の固有の装置であるといわなければならない。

そうすると、被告は「みどり号」を当該装置の用法に従つて用いていたものであるから、当該車両を運行に供していたというべきである。従つてその運行により本件事故が発生したものであるから、被告は自動車損害賠償保障法第三条により原告に対しその損害を賠償すべき責任がある。

(二) 第二次的主張

(国家賠償法二条による責任)

被告は地方公共団体である。そして「みどり号」は被告の所有であり、これは国家賠償法二条の「その他の公の営造物」に該当する。本件事故の原因は、閲覧台の角の鉄製サツシのゴムパツキングがとれていて、角が鋭角にむき出しになつており、しかもその角が金属製で鋭利な状態になつていたために発生したものである。移動図書館車としての性質上幼児を含め多数の子供達が集つて来ることが予想されるので子供達が集る場所については危険物除去につき十分管理上の責任があり、その営造物の設置・管理については瑕疵なきようにすべきであつた。しかし、前記のとおり閲覧台は鋭利な金属製の角をむき出しにしたままであり設置或はそうでなくとも管理に瑕疵があつたというべきである。

(三) 第三次的主張

(民法七一五条による責任)

本件事故は被告の被用者である訴外運転者染谷富士夫と図書館車係員星野保、同安藤順一に過失があつたから、被告はその使用者としての責任がある。

本件事故は被告の職員である右訴外人等が、本件事故当日現場に移動図書館を設置し、被告の業務執行中に発生したものである。このような場合被告の被用者である右訴外人等は、幼児や子供が多数集つて来ることが予想でき、不測の事故が発生する可能性も多分にあるのであるから、車の整備或は附属設備の危険箇所を十分点検し、特に本件における閲覧台等に金属製の鋭角があるとき等は被覆をなすなどして不測の事故を未然に防止し或は閲覧者の安全を計るために監視・指導をなすべき義務があるところ、この注意義務を怠つた重大な過失により、幼児である原告が危険な状態となつていた本件閲覧台に近づいたことすら認識せず、そのために原告が傷害を受けたものであるから、被告は民法七一五条により右訴外人らの使用者としてその損害を賠償する責任がある。

三 原告の蒙つた損害

(一)  原告は昭和四二年六月三日生れであるが、本件事故により右眼は事実上失明してしまつた。一眼の失明は、後遺障害等級の八級に該当し、その労働能力喪失率は一〇〇分の四五である。そこで、本件事故により原告が逸失した将来の得べかりし利益の現在価額を計算すると、別紙計算書Aのとおり金一二八五万四五八三円となり、後遺障害に対する慰謝料は金三三六万円が相当である。更に原告は本件事故による受傷によつて今日に至るまで想像に絶する精神的な苦痛を受け、これに対する慰謝料は金一〇〇万円が相当である。なお原告は右のほかに治療費として金二万六〇七三円、めがね及びコンタクトレンズの費用として金一万七〇〇〇円、通院費金六八六〇円の合計金四万九九三三円を現実に出費しているものである。

(二)  仮りに原告の右眼が失明に至らないとしても、少くとも矯正視力が〇・〇三から〇・〇四であり、その後遺障害等級は九級に該当し、その労働能力喪失率は一〇〇分の三五である。この等級による原告の逸失した将来の得べかりし利益の現在価額を計算すると、別紙計算書Bのとおり金九九九万八〇〇〇円となり、後遺障害に対する慰謝料は金二六一万円が相当である。

(三)  右のとおり、原告は本件事故による損害賠償金合計金一七二六万四五一六円(後遺障害等級九級と仮定した場合は金一三六五万七九三三円)の内金三〇〇万円を請求するものである。

(請求の原因に対する答弁)

一  請求原因第一項(本件事故の発生)(一)の事実は認める。

但し移動図書館として開設する場所、曜日、時間は予め決められ市民に広報周知させると共に、現場においても固定された立看板により表示されていたものである。

原告が受傷した場所は松戸市福寿台移動図書館設置場所であつて、毎週火曜日午後一時から午後一時四〇分の間開設される場所であつた。

尚原告の母越川伸子(以下伸子という)はかねて移動図書館利用者の一人であつた。

二  同(二)の事実については

(1) 原告主張の日時、場所において「みどり号」を駐車させ図書貸出を行つていた事実は認める。右はあらかじめ決められた日時、場所においてであつた。

(2) 原告の右眼が本件自動車後部閲覧台に接触したとの点及び原告の受傷、後遺障害程度は不知である。原告は閲覧台角に接触受傷したと主張するが、顔の他の部分(例えば鼻等)に受傷することなく目丈に受傷することは、構造上物理的に推測困難である。

三  請求原因第二項の事実(被告の責任)はいずれも否認する。

(一) 自賠法三条の責任について。

原告は運行中の事故と主張しているが自動車をその装置の目的に従つて操向操作する際(走行、停車、発進、扉の開閉等)に起きたものではなく、予め定められた日時、場所に駐車し、図書館として開設中これを、利用中接触したと言うのであるから、駐車の事実を知らずに接触したというのとも異り固定して建造物や工作物と異る処がないのであつて、運行中とは言えない。

(二) 国家賠償法二条の責任について。

(1) 本件移動図書館が国家賠償法第二条に規定する「その他の公の営造物」であるとしても、これを設置し管理することには違法性がない。

(イ) 「みどり号」は千葉市・日野市等他の自治体においても広く使用されているニツサンGC二四〇型移動図書館車である。

(ロ) 被告においても、昭和四二年からこれを設置し、あらかじめ定められた場所、曜日、時間に図書館として開設し、全国有数の利用実績を挙げ市民の好評を得ているものである。

(ハ) 被告は、松戸警察署の道路使用許可と、私道所有者の承諾を受け、開設場所に永続性のある看板を立てて、市民に周知の方法をとり管理運営していたものである。

(ニ) 昭和四二年開設時から本件発生迄、事故は勿論市民から如何なる苦情もなかつた。

よつて移動図書館の設置にはいささかの違法性もない。

(2) 更に本件「みどり号」の設置・管理に瑕疵がなかつた。

(イ) 昭和四二年被告が移動図書館を設置するに当り、先進自治体である千葉市・日野市等についてその体験等を聞き管理に万全を期す為の努力をしたが、その結果日々注意した事は、一般自動車としての整備・運行操作に誤なきを期することの他、交通を阻害せず且つ利用者に便利である場所の選定、運行中上下に開披する両側の扉が甘くなつて開かないこと、図書館として開設中上下に開披して水平に保持した扉が落ちる等の事態が発生しない様点検する事があつた。

(ロ) 昭和四五年三月一〇日午後一時三五分頃、松戸市八ケ崎一〇六八番地(通称福寿台)に開設されていた移動図書館「みどり号」には通常備えるべき安全性を欠いてはおらず、此点についての瑕疵はなかつた。「みどり号」は他の自治体においても広く使用されているニツサンGC二四〇型移動図書館車の一台で、車両後部両側を上下に開披し、下半分を水平に保持して閲覧台とし、収納図書を取出し閲覧し得る様に作られているものであるが、上下扉を閉ぢた時に両方がかみ合う為に、それぞれの外縁にコの字型の鉄板があり、閉鎖時密着する様にコの字型鉄板にすつぽり包みこまれる形状で黒色ゴム製カマボコ型パツキング(幅約二センチメートル、厚さ約一センチメートル)が附着されているものである。従つてゴムパツキングは上下扉密着の為のものであつて、外部からの接触防止の為のものではないのであつて、一部すりへつた所がなくても外部からの接触を防ぎ得たものではなく、一部すり減つていた事実は通常備えるべき安全性を欠いているものとは言えない。

(ハ) 現場において市民が自由に閲覧出来る様移動図書館として設置した後吏員三名は近くに机を置いて、道路への飛び出し等による交通事故、届出なしに図書を持去る事のない様注意しながら待機していたもので、移動図書館に近付くこと自体が危険とはいささかも考えなかつた。

(ニ) 閲覧台角によつて、顔の他の部分に傷つけられることなく、目丈を受傷することは、物理的に困難なのであるが、全く稀有の事が発生したと仮定しても、松戸市吏員の管理上の瑕疵であると言うことは出来ない。

まともに接触した場合受傷が予想される個所は独り閲覧台角だけではない。ぶつかれば傷つく個所や物体にぶつからない様にするのは各人の注意義務と言うべきである。近づくこと自体が「倒れかかり」「崩れ落ち」「熱」「危険物質発散」等危険である場合と異るのであつて、反射神経を備え、ぶつからない様注意義務を当然払うであろうことを信頼して設置していたものに他ならない。

(ホ) 本件に於ては原告は二才の幼児であつた。かかる幼児の反射神経や運動神経の発達程度につきその内容を最も知悉し、これを補つて怪我をしない様監護すべき義務のあるのは親権者である。本件は現場において母親越川伸子が同伴していた。斯る場合松戸市吏員が母親に対し子供への監護につき注意を与える義務はないと考える。

尚原告の母越川伸子氏は予て移動図書館の熱心な利用者で、自家用車を運転し、原告を伴つて殆んど毎回来館していたもので、移動図書館の構造特に閲覧台の高さ等について充分承知されていたものであつた。

以上の様に、移動図書館を昭和四五年三月一〇日午後一時三五分頃、松戸市八ケ崎一〇六八番地に設置したことに違法性なく、且つ移動図書館が通常備うべき安全性を欠いてはいなかつたから、その設備又は管理に瑕疵があつたとはいえず、従つて被告に責任はない。

(三) 民法七一五条の責任について。

被告に使用者責任ありとの主張については、被用者に過失がないから使用者としての責任はない。此点につき、ゴムパツキングについては先に主張した通りであり、更に監視、指導をなすべき義務を怠つたこともない。

今日生活環境の中で、素材や構造、形態の上で接触の仕方によつて受傷するかもしれない建造物、工作物は極めて多い。本件閲覧台も金属製であつた。然し乍ら一般に使用されている移動図書館車であり特異の構造ではなかつた。かかる設置物に接近しこれを利用しようとする者は受傷する様な接触をしないよう各人において注意すべきものである。原告は二才の幼児であつた。当然監護者が右の注意義務を払うべきである。本件においては母親が同伴し傍に居たのである。かかる場合市吏員が母親に対して子供に怪我をさせない様監視、指導する法律上の義務があるとはいえない。

四  請求原因第三項(損害)の事実はすべて不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生について。

(一)  昭和四五年頃、被告がニツサンGC二四〇型中型四輪車「みどり号」を所有し、これを被告市の移動図書館として職員に運転させて市内を移動し、図書閲覧希望者に自由に閲覧させ貸出を行つていたこと、昭和四五年三月一〇日午後一時三五分頃、松戸市八ケ崎一〇六八番地先路上に右「みどり号」を駐車させて図書の貸出を行つていたことは当事者間に争いがない。

(二)  事故前後の原告らの行動について。

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(1)  伸子は以前から移動図書館の利用者であつたが、事故当日の前記日時頃、当時二才九ケ月の原告を伴つて前記場所に駐車中の「みどり号」を利用するためやつてきた。

(2)  伸子は最初車の進行方向に向つて左側で本を見ていたが、その後車の前をまわつて進行方向右側に行きそこで本を見ていた。その間、伸子は原告に時々目を向けていたが、手をつないだりしていた訳ではなかつた。しかし原告は大体伸子のそばにいたようである。

(3)  伸子が前記場所で本を選んでいるとき、突然原告が泣き出した。そして泣きながら閲覧台の角の辺りを指さしたので伸子が「ここでぶつけたの」と聞くと領いた。

(4)  その時被告市の職員(三名)は「みどり号」とは道路を距てて反対側の約七メートル離れた地点に机、椅子を出して貸出の仕事に当つていた。

伸子はそこに原告を連れていき、市の職員から救急用の脱脂綿をもらい、顔などをふいた。その時、市の職員である星野保は原告の目の中に多少出血を認めたが、その外には傷は認めなかつた。

(5)  伸子は本を借りたあと直ちに原告を伴つて帰宅し、原告を一たん寝かせ、起きてから近くの眼科医に連れていつたところ、大きな病院に連れていくよう言われた。そこで松戸市立病院に連れていつた。同病院では角膜裂傷等の診断を受け、角膜を縫うため一カ月位入院した。証人牧野千里の証言中、右認定に反する部分は前掲証拠に対比し措信し難く、他に特段以上の認定に反する証拠はない。

(三)  みどり号の構造、閲覧台の状況等について。

〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

(1)  みどり号は「ニツサンGC二四〇型移動図書館車」といい、四輪の中型車で、自動車後部が外側から観音開きに開けられ、又両側面も外側から上下に開いてこの下側が支え棒によつて水平に支えられ、これが図書館の閲覧台となるようになつている。この閲覧台の地上からの高さは八九・五センチである。

(2)  原告が受傷したと主張するところはこの進行方向右側後部閲覧台の角であるが、この閲覧台表面はデコラ製の薄い板が張られておりその周囲に幅約一・二センチ、厚さ約五ミリのステンレス製帯で固定されており、その閲覧台外側には閲覧台とほぼ同じ高さで幅約二センチの先端が下側にコの字型につた鉄板があり、これは上下扉を閉じた時に両方がかみ合うための装置となつている。なお前部閲覧台のコの字型に曲つた鉄板の下側には鉄板にすつぽり包みこまれた形で黒色ゴム製幅約二センチ、厚さ約一センチのカマボコ型パツキングがついている。このパツキングはその構造からみると窓枠を閉じた時の緩衝作用と、上下扉がぴつたりと密着するようにつけられているものである。問題の後部閲覧台にはゴムのパツキングははげ落ちたようになつて付着していない。

(3)  原告が受傷したと主張する閲覧台の角の鉄板の部分は、厚さ一ないし二糎でその先端が下方にゆるやかに曲つて、その先端はきれいに丸みをもたして切断したという状態ではなく、少しぎざぎざになつてとがつているが、それは刃物のような鋭さをもつたものではない。

以上の認定に反する証拠はない。

(四)  原告の身長等

〔証拠略〕によれば、昭和四五年四月二二日当時の原告の身長は八九・五センチメートルで、靴使用時の身長九一・二センチメートル、同じく靴使用時の眼の高さは七八センチ(誤差がプラス、マイナス一・五センチ)であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(五)  「みどり号」駐車場所の道路状況

〔証拠略〕によれば「みどり号」が駐車して閲覧に供する場所は舗装された道路から入つた舗装されていない私道上であつて、この私道は舗装道路からやや下り坂になつた平担な道で、凸凹は余りなかつたことが認められる。〔証拠略〕中、右認定に反する部分は前掲証拠に対比し措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

(六)  右の事実を総合して考えると、原告が、その主張のように閲覧台の角で目を受傷したと考えるにはいくつかの不自然な点或いは疑問な点(閲覧台角の高さは通常の状態では原告の目の高さより一〇センチ以上高いこと、この点伸子は、道路がややかまぼこ型になつているので現場で測つてみたら閲覧台角の高さは約八〇センチであつたと供述しているが、〔証拠略〕によつてもその実測定の結果が八〇センチであつたとは認め難く、〔証拠略〕前認定の事実に徴するも、一〇センチ近い差が生ずる道路の状態とは認め難く、右越川伸子の供述は措信し難い。又、閲覧台角の状況からみて、普通の状態では眼球のみをけがするということは考えられないものである。)があり、又受傷の現場を目撃した人はいないので、原告がどのような恰好で受傷したのかは一切判らず、又想像し難いものがある。しかし、目の高さと、閲覧台角の高さの相違は、原告が背伸びをする等の姿勢をとれば一〇センチ程度の高さの相違は容易に解消するであろうこと、原告は当時幼児であつて、思いがけない動作をとることもない訳ではないことを考えると、これらの不自然な点も全く事件の発生を否定するものではなく、受傷直後原告が本件閲覧台角を指さしたこと、この角が金属性で幾分突つていて事故を惹起せしめる余地のあることを総合判断すると、一応原告は閲覧台角で何らかの拍子に受傷したと認めて差し支えないであろう。

二  被告の責任

(一)  自賠法三条による責任について。

自動車損害賠償保障法三条による責任は自動車の「運行」によつて生じた損害を賠償するものである。右「運行」とは自動車の走行そのものに限らず、駐停車中であつても、それが運行中の一態様とみられる限りこれをも「運行」によるものと解すべきであろう。

しかし、本件事故は、前認定のとおり自動車が運行の機能を完全に停止させて駐車中、自動車としての装置とは全く無関係な「図書館」としての装置(閲覧台)によつて負傷したものであるから、これは「運行」中の一態様とはいえず、従つて自賠法三条には該当しない。

よつてその余の点を判断するまでもなく原告の右主張は失当である。

(二)  国家賠償法二条による責任について。

(1)  被告が地方公共団体であることは当裁判所に顕著な事実であり、本件自動車が被告の所有であり、公の目的に供用されていることは当事者間に争いがない。そして国家賠償法二条にいう「その他の造営物」には自動車も含まれると解すべきであるから、本件自動車は同法にいう「公の造営物」であるといえる。

(2)  原告は本件自動車の閲覧台は鋭利な金属性の角をむき出しにしたままであつて、ここには幼児や多数の子供達が集つてくることが予想される場所なのであるから、このように鋭利な角をむき出しになつたまま放置したことは設置又は管理に瑕疵があることになる、と主張する。

(3)  ところで、「みどり号」の閲覧台の角は約一ないし二耗の厚さの鉄板の先端が下方にゆるやかに曲つて、少しぎざぎざにとがつている状態であること、しかしこれはゴムパツキングが摩滅しているためこのようにぎざぎざした先端が露出するに至つた訳ではなく、もともとゴムパツキングは鉄板の中に組み込まれておりぎざぎざした部分を覆うような構造にはなつていないことは前認定のとおりである。そしてこの部分は下方に向いているので、図書館の利用者が普通に閲覧台を利用する限りにおいてはこれに触れる必然性はなく、又触れたとしても、ごく普通の接触であればこれによつて負傷することは通常は考えられないものである。

もつともこの移動図書館は子供の本も設置されているので、子供も利用することは当然予想されているし、現に利用していたものであるから(〔証拠略〕)もとよりそうした幼児、子供をも対象に含めて安全性を考えなければならないが、その場合を考慮してもこの閲覧台角は普通の状態で接触した程度では負傷することは予想されないものである。そこに何らかの力が働いて、下から力を入れて押しつけるとか、下にしやがんでいて上を向いて急に立ち上る等の所為があれば負傷することは考えられないことはないが、そういつたことはきわめて稀有なことであつて、又、逆に言えばそのような場合は他の物体でも負傷する余地は常にあるであろう。国或いは地方公共団体といえども、そのような凡ゆる場合を予想してあらゆる物体の角を丸みをもたせて設置する義務を負うものとは到底考えられない。

本件程度の閲覧台の角のぎざぎざは、利用者或いはその保護者が通常の注意を払えば何ら危険のないものであるから、この閲覧台は通常備うべき安全性を欠くものではなく、被告には閲覧台の設置又は管理につき瑕疵があつたとは言えない。他に本件「みどり号」の管理に瑕疵があることを認めるに足る証拠はない。

(三)  民法七一五条の責任について。

前認定のとおり本件閲覧台角は不測の事態が生ずれば全く危険性のないものとはいえないが、しかし、利用者が通常払うべき注意を払えば、通常事故は起らないものである。

本件自動車は前認定のとおり一般に使用されている移動図書館であり、その閲覧台も通常のものであつたのであるから、被用者としてはそのような通常惹起し得ないような事故まですべて予測し、回避すべき義務までは負わないというべきである。本件にあつて、この角を被覆する等の義務があつたとは考えられないので、これをしなかつたことにつき被用者に過失ありとは言えない。

〔証拠略〕によると被告は移動図書館の運営につき安全面を配慮していたこと、本件発生当時被告の職員である訴外星野保ら三名の者は「みどり号」から約七メートル離れた貸出用の机の側にいて利用者の動静にも気を配つていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。よつて本件発生につき被告の被用者に過失は認められないから、その余の点を判断するまでもなく原告のこの点の主張も理由がない。

三  以上のとおり、被告が損害賠償義務を負うべき旨の原告の主張は、いずれもこれを認めることができないから、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田登美子)

計算書 A

(1) 逸失利益 金12,854,583円

(107,500×12+339,200)×45/100×17,5336=12,854,583

イ 107,500円は昭和48年度賃金センサス第2表全労働者男子1ケ月平均賃金による

ロ 339,200円は同上年間賞与等特別給与の平均である。

ハ 45/100は自動車損害賠償保障法施行令別表による8級の労働能力喪失率である。(労働基準監督局長通牒による)

ニ 17.5336は7才の原告が20才から67才まで稼働するとして、60年のホフマン式係数27.3547から20才に至るまでの13年のホフマン係数9.8211を差引いたホフマン式係数である。

(2) 後遺障害に対する慰謝料 金3,360,000円

(3) 受傷より現在に至るまでの慰謝料(5年間) 金1,000,000円

(4) 通院加療費等 計金49,933円

合計 17,264,516円

計算書 B

(1) 逸失利益 金9,998,000円

(107,500×12+339,200)×35/100×17.5336=9,998,000

イ 107,500円は昭和48年度賃金センサス第2表全労働者男子1ケ月平均賃金による。

ロ 339,200円は同上年間賞与等特別給与の平均である。

ハ 35/100は自動車損害賠償保障法施行令別表による9級の労働能力喪失率である(労働基準監督局長通牒による)。

ニ 17.5336は7才の原告が20才から67才まで稼働するとして、60年のホフマン式係数27.3547から20才に至るまでの13年のホフマン式係数9.8211を差引いたホフマン式係数である。

(2) 後遺障害に対する慰謝料 金2,610,000円

(3) 受傷より現在に至るまでの慰謝料(5年間) 金1,000,000円

(4) 通院加療費等 計金49,933円

合計 13,657,933円

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